愛知県高浜市の工務店、ウッドノートの自然素材の注文住宅に対する想い
愛知県高浜市の工務店、ウッドノートが建てる注文住宅は、暮らしを楽しめる木の家です。

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結婚するなら、
「落ち着きのある女性がいいな」
バイクに夢中な青年がいました。
結婚するなら、
「たくましい男性がいいわ」
ミシンの音を聞いて育った女性がいました。
ウッドノートの因子と因子、
運命の出会い。
株式会社ウッドノート
代表取締役 長田正雄
父を追いかけ、そして離れて
海辺の港町碧南市で生まれ育ちました。私が生まれる前に他界した祖父は、石垣を積んだり海岸の堤防を築く為の石を切ったり、加工したりの石屋職人。間もなく石屋では生計が成り立たなくなり、父は建設業を創業。「地元で自営」の血が長田家にはあったようです。
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バブル真っ只中の頃、浪人生でありながらバイクに夢中だった私の夢はレーサーになること。とてつもなくお金がかかる夢の為、アルバイト感覚で父の経営する長田建設に入社します。しかし、跡取りであることを自然に受け入れていたからでしょうか、自分も経営者であると思って働きました。

若い経営者の会にも所属し、活動しました。その中で「経営能力は遺伝しない」「親が強すぎると子供が萎縮してしまう」と感じ、その想いは「同族経営は良くない。会社は節目節目で生まれ変わる必要があるのに、血が流れず、体質が悪くなる。会社は生き物だ。」という大き過ぎる気づきへと変わりました。

時期を同じくして世の中はバブル崩壊。技術をゼロの立場から積んでみたいという想いと重なって、8年間働いた父の会社を後にしたのです。

株式会社ウッドノート
長田祐三子
プリンと新聞配達
実家は碧南市の洋服店で、オーダーメイドの紳士服を仕立てる父の仕事を、母も手伝っていました。両親はいつも忙しく、子供達でご飯を作らないと食べるものがないという状況の中で、自然とお料理をするようになりました。母が刻んでいった材料を見ては「何を作ろうとしていたんだろう」と想像力を膨らませて。身につけるものはもちろん何でも手作り。3人姉妹お揃いのブレザーやワンピース、セーラー服も母のお手製でした。
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物心ついた頃から工業用の足踏みミシンが遊び道具でしたね。病弱だった私は、よく喘息で入院していました。入院する前に母に作ってもらった、卵・牛乳・砂糖だけのシンプルなプリン。おいしくてうれしくて、今でも忘れられない味です。

中学にあがると、病弱な自分にコンプレックスを感じ、「強くなりたい」と思うようになりました。心配する父から猛反対を受けながらもはじめた、新聞配達のアルバイト。冬になると知り合いのおじさんが毎週スキーに連れて行ってくれるのを何よりも楽しみにしていたので、貯めたお金でスキーの道具を揃えました。自分で1年と決めてやり遂げたことが大きな自信に繋がって、心身ともに丈夫になりました。貴重な体験をさせてもらったと今でも感謝しています。

 
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